kyoto-matsugasaki.com

松ヶ崎小学校の沿革史概要

 松ヶ崎は、平安の昔から千年を超える古い歴史のある地域で、西山の古墳群など古代から人々の営みが続いてきた地域である。源氏物語の「夕霧」の巻には、夕霧が小野山荘に落葉宮を訪ねるくだりがあり、そこに「松が崎の小山の色なども さる厳な らねども秋の気配づきて・・・」と書かれている。また、紀貫之の「たなびかぬ 時こそなけれあきもなき 松が崎よりみゆる白雲」と詠まれるなど、多くの古文書にも松ヶ崎の地名が見られる。

さて、現在校舎が位置する所には、延暦年間(800年頃)に建立され、永仁年間(1293年)に日蓮宗派の寺院となった日蓮宗の五ヶ院、止静院,実成院,大乗院, 玉禪院,宝泉院があり、妙泉寺と合わせて「妙泉寺六坊」と呼んでいた。また、近くに本俑寺という寺があり、そこには日蓮宗の檀林(学校)があり、全国から宗僧が来て修行した。これが村人に影響を及ぼし、早くより寺子屋(現在の学校の西隣)が開かれ、往時、戸数が50戸ほどであったが、勉強する者が40人ほどあったという。

 明治5年8月の学制の発布とともに学校創設の気運が起こり、明治6年、松ヶ崎堀町の日蓮宗妙泉寺の一坊を教室として、先生1人、生徒40人ほどの第三大学区第五中学区愛宕郡松ヶ崎小学校が誕生した。この頃、戸数94戸人口約500人であった。学校創設当時は、学校の運営費用を村人が支援していた。

 明治41年、近隣村落との組合立学校への変遷もあったが、大正5年に松ヶ崎の旧地に戻り再建された。その後、妙泉寺本堂跡地が現在の校地となっている。

昭和30年(1955)卒業写真

Adobe_PDF_file_icon_32x32松ヶ崎小学校の沿革史概要